長命から長寿へ  ―今日も楽しく人生をもっと楽しく― 社会福祉法人東徳会
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社会福祉法人東徳会
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稲岡町1083-1
0120-76-0380
TEL:0284-91-3717
FAX:0284-91-3771

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神住むお城 和見山苑のブログ スタッフブログ
毎週更新中

和見山苑スタッフが体験した本当の話

右手に資格、左手にしわの手、心にプロのプライド
和見山苑のスタッフが本当に体験したちょっと温かくなるお話です。





介護スタッフKさん

私の中の「マサカ!!!」の出来事を紹介しよう。@ショートスティご利用の方が、来苑時に手ぬぐいに包んだ長ネギを首に巻いて来た。どうやら風邪気味だった様子。Aこれまたショートスティご利用の方が犬のぬいぐるみの首にひもを付け、まるで散歩しているかのように入ってこられた。B送迎車が田んぼに落ち、手の空いた介護スタッフが救いに行った。半分やじ馬目的で参加してしまった…。C送迎車のリフトが動かなくなった。職場に電話で助けを求めるも、結局手で動かし、何とか戻ることが出来た。現場が近かったのと、一人じゃなくてホッとしたのを覚えている。
色々なことがあったが、大変なこと、辛いことも成長には必要なこと。また振り返れば笑い話にもなるだろう。



看護スタッフKさん

いつも一生懸命なある介護職員に「Iさんをありがとう会に参加させたいんですが、大丈夫ですか?」と聞かれた。Iさんは体調が悪く静養室に居たが、私も同じ想いだったのでお願いした。Iさんがリクライニング車いすの上で花を持つ姿を見て涙が出てしまい、その場に居辛くて静養室にベッドメイキングに戻ると、別の職員がすでに掃除をしていた。「ありがとございます。」とお礼を言うと、「いつもの仕事ですから…」と。
この現場で、病院ならできる治療・ケアができずに、ただ見送る辛さや重さばかりを感じていた。大変で、面倒で、愚痴も出る介護の現場にも、こんな職員がいてくれて、ありがたく思う。認知症でも言葉が発せられなくても、こんな温かい介護は伝わる気がする。自分の言動を改めて考えさせられた。



介護スタッフAさん

高卒で入職したのだが、高校は介護と全く関係のない学科で、知識も経験もないまま入職した。毎日が知らないこと分からないことの連続で不安でいっぱいだが、先輩方の心強いフォローのおかげで、何とか今の職務に慣れつつある。
経験も知識もない私に何ができるか、ご利用者様に何もすることができないと、私の大きな心配の種は、ご利用者様の「ありがとう」で一気に吹っ飛び、肩の力は抜け、私も笑顔になることができた。まだまだ分からないことだらけだが、お食事を運んだり、コミュニケーションをとりながら、日々少しずつ勉強し、専門知識が身に付けば良いと思っている。



相談スタッフNさん

私には一生忘れることのできない方がいる。特養の介護職員だったとき、とても笑顔が可愛くて、甘いものと「もしもしカメよ〜♪」の唄が大好きで、認知症があり、その上頑固者(笑)。でも笑った時のくしゃっとなる顔に何度となく癒された。家族からもとても愛され、夕食時には娘さんが食事介助に毎晩来られ、この方の昔話を聞かせてくれ、私達は日中の様子をお話しし、情報交換するのが日課だった。しかし高齢だったその方は徐々に体力が落ち、入退院を繰り返すようになった。仕事が終っても心配で、次の日は早めに出勤したりと、あのとき自分にとってできる精一杯のことをした。出会いがあれば別れがある。私が20歳を迎えた瞬間に、その方は旅立った。悲しくて、悲し過ぎて、介護の仕事を辞めようかとさえ思った。ある時、娘さんが話してくれた。「私も介護の仕事をしてみようと思っている。おばあちゃんがこんな幸せな最期を過ごせたのも、皆さんのおかげ。私も誰かの力に少しでもね…。きっと忘れてほしくなくて、あなたの誕生日を選んだのね。」
毎年誕生日が来ると、くしゃっとなるあの笑顔が思い出される…。



管理者Iさん

グループホームに勤務することになり、一切やったことのない料理や洗濯をすることになった。献立作成から食材の用意、もちろん調理まで普段の日常生活に役立つことを、仕事で覚えられた。味付けをご入居者にみてもらい、時には「まずい。」とおしかりを受けながら。何事も時間と回数を重ねると上手くなるもので、「まあまあだな。」とか「今日は薄い。」とか会話のネタにもなるようになった。人生の大先輩に、一人で生活するための手段を教わりながら、自立した社会人として一人前にしてもらった。そんな気がする。



介護スタッフKさん

私が和見山苑に入職し5年が経つ。自分が介護の仕事をするなんて、当時はまったく思っていなかった。
30歳を過ぎて、建築資材関係の仕事からの転職だったので、戸惑いはあった。入職して数カ月が経ち、いよいよ夜勤業務に携わることになった。あるご利用者にそれを報告すると頭を撫でられ、逆に自分がやっていけるか複雑な心境になったことを今でも覚えている。しかし、業務に携わるにつれ、その方は私のことを気にかけてくれるようになり、夜勤明けで夕方に会議のため再出勤すると、驚いた表情で励ましてもらったこともあった。数年が経過し、その方といよいよお別れになる時が来た。呼吸が止まったと報告があり居室に伺うと、その手はまだ温かく、あの日、頭を撫でてくれたぬくもりと同じだった。30歳過ぎの男が、まるで母親に褒められているかのような感覚。懐かしくて、とても温かく、そして新鮮な経験。この文章を読まれた方へ。ハンカチは必要だろうか?



作業スタッフIさん

いつものように洗濯物を収納するため、利用者様の居室に行った時のことだ。「お姉さん、話があるんだけど…。」と声を掛けられた。「何でしょうか?」とそばに寄ると、いつもと違う穏やかな表情で「色々お世話になったね。」と。「当たり前の事ですよ。それより寒くないですか?」と尋ねると、「寒くないよ。自分の嫁より良くしてもらって本当にありがとうね。お礼を言いたかったんだよ。」と笑顔で言った。「まだまだ長生きして、たくさんお話ししましょう。」と返すと、「もういいんだよ。したい事も、食べたいものも何もないよ。ありがとう。」と涙を流しながら握手をした。「あ〜あったけ〜。手を握ってくれてありがとう。」と言われ、その場を複雑な気持ちで離れた。翌日この方は亡くなられた。きっとスタッフ全員への感謝の気持ちを伝えたかったのかもしれない。私は居室に向かって手を合わせ、旅立ったその方を祈らせていただいた。法人理念である「長命から長寿へ、今日も楽しく、人生をもっと楽しく」が頭に浮かび、もっともっと自分に出来ることがないかを考えて仕事をしたいと思った。



看護スタッフUさん

この職場に勤めて、何人の入所者を見送ったのだろうと、時々考えてしまう時がある。年間少なく見積もり10人だったとしても、200人からの数の入所者を見送ったことになる。人が死を迎える時は、さまざまな死に方がある。どれが良いのかはわからないが、最後の一瞬に立会うことができた時は「良かった」と思える反面、その瞬間が分からずに心肺停止の時は、申し訳なかった、淋しかったよね、と思ってしまう。私たちは年齢に関係なく、常に死と隣り合わせの状態だ。
この間、検死になったケースがあったが、警察に状況を聞かれるのは職員も家族も気分のいいものではないものだ。しかしそんな中でも、ご家族の「すごく良くしてもらってありがとう。」の言葉に涙が出るくらい嬉しかった。



介護スタッフAさん

人生の先輩であるご利用者に頂いた宝物の言葉たちをいくつか紹介させてほしい。
「お姉ちゃんがだぁぁぁぁい好き!」
「あんたは気が利くねえ」
「ご苦労様、体大事にしてね」
「先生に赤ちゃんができたら、抱っこしてあげる」
「お風呂気持ち良かった。ありがとう」
「今日のヘアスタイル、素敵ね」
「今度何か美味しい物、食べに行こうよ」
 認知症もありすぐに忘れてしまう方も多いが、私にとっては元気の素となっている。夜勤中のムカデ、長時間の残業、心が折れそうなとき、ご利用者にかけられた宝物たちを思い出し、エネルギーに変えている。たくさんの出逢いに感謝だ。
「私も皆さんのことが、だぁぁぁぁい好き!」



相談スタッフNさん

介護の仕事って絶対大変。私には絶対出来ない。。。職業の話をするとだいたい反応はこんな感じ。ん、、、私からしたらショップ店員、営業マンのほうが大変って思う。「介護」って聞いただけで敬遠されるのはやはりイメージや先入観からかな? でも働くって事はどの仕事に就いても大変だったり、疲れたり、しんどかったり、それは同じだと思う。どれだけ好きで楽しんで仕事ができるか。自分らしく笑顔で仕事ができるかが大切だと思う。それが私には「介護」の世界だった。確かにキラキラした華やかな世界ではないし、地味といえば地味な世界かもしれないが、利用者から「おはよう、今日も会いたかったよ」「元気をもらいに来たよ」と言ってもらえる幸せを味わえたり、自分の存在価値を認識できるのは「人対人」のこの世界だと思う。食わず嫌いにならずに、まずは、見に来て、触れて、経験してみない?



介護スタッフOさん

7年前に亡くなった母がお世話になったのをきっかけに始めた介護の仕事。認知症になった親を家族と見てきて、たいていの事は理解していると思っていたが、実際現場にはいると分からない未知の世界。奥深さを知った。人は誰でも老いに直面し、分からなくなることや出来なくなることが多くなる。悪くなることはあっても、良くなることはないと思っていた。しかし実際は、トイレで立ち上がることができた、口から食事を摂ることができた、笑みを浮かべ言葉を発することができた、「できた」の発見の連発だった。
介護現場は思うようにいかない大変なことも多いが、人に優しくなれたり、現在進行形の実父のプチ介護に役立ったりと得ることがたくさんある現場だ。



介護スタッフKさん

和見山苑で毎年行っている流しそうめんの時期になると思い出す。私が和見山苑に入職し新人研修の時に流しそうめんを食べた。ご利用者と一緒に食べられて、とても楽しそうな雰囲気だったのを覚えている。何よりも外で行っているにもかかわらず、出汁の香りが漂っていたことが印象的だった。でも次の年にはご利用者と一緒に食べる味が明らかに違った。毎年楽しみにしているご利用者が美味しそうに食べている姿は、見ていて介護する側も楽しくなれる。 今年はどんな味で、来年はどんな味になるだろうか…。



介護スタッフMさん

私ももう70歳になった。入居者様やスタッフに迷惑を掛けてはいけないと思い、退職しようと思っていた。すると上司が「まだ働けるから…」と言ってくれたので、お陰様で体も元気で仕事を楽しく続けながら、毎日が充実している。こんな私でも上司が「貴方が必要だから。」と言ってくれたことがどんなに嬉しかったことか。一生懸命働いていれば、誰かがきっと見ていてくれるんだな、まだまだ頑張ってみようと思った。スタッフみんなに「また宜しくお願いします。」と言うと、全員が「あ〜良かった。」と言ってくれた。スタッフのみんなは良い方ばかりで、本当に感謝している。



調理スタッフNさん

平成28年12月に和見山苑に入職し厨房で仕事を始めて早や○年が経った。まず初めに和見山苑の献立に感心した。最近の大量調理の現場では、出来合いのものを多用したり、味気ないものが多くなっていると感じていた。ところがここではたくさんの手間をかけ愛情のこもった料理を提供していることに驚いた。入所されている方にとって食事はとても大切だと感じている。日々の調理のお手伝いの中で、野菜の大きさや形など、食べやすさを意識して作っている。この○年間同じ厨房職員に仕事を教えて頂き、またフォローして頂きながら、なんとかやってこられた。厨房の協力し合う姿勢に、良い職場と良い人たちに恵まれたと感謝しつつ働いている。



調理スタッフNさん

食事が終わった食器を下げる時、とてもキレイに残飯を捨てて下さる現場スタッフ達に、感謝している。小さなことだが、私達調理スタッフにとってはその後の作業がやりやすくなる上に、気持ちの良い一日でスタートできる。私自身も周りの方々に少しでも気遣いが出来るようにしなくてはと思う経験だった。



介護支援専門スタッフIさん

担当していたОさん宅への訪問を、仕事なのに不謹慎ながら私はとても楽しみにしていた。お互い共通の趣味があり、また同じようなライフワークをもつOさんから学ぶことがたくさんあったのだ。訪問すると、「ボケ防止」といつも笑いながら朝の番組で流れる“今日の運勢”を必死で書き留めた日記を見せてくれたり、糖尿病なのに缶チューハイ片手に大好きな巨人戦を楽しんだり、ある時は、何処で覚えたの!と驚くような若者言葉をすらっと話したり。羨ましいくらい正直で、豪快で愉快で、それはそれはチャーミングな方だった。ソムリエの息子さんが作ってくれたXmasケーキを私も一緒に頂戴し、「良いお年を!」と言って失礼した3日後にOさんは亡くなった。あまりに急な別れだったが、Oさんらしい最期だった気もする。私がお役に立てたかどうか分からないが、同じ時間を過せたことに心から感謝している。



介護スタッフHさん

担当していた利用者Mさんは「お兄ちゃん、足が寒いから湯たんぽちょうだい。」「ティッシュちょうだい。」と言われ対応する度に「いつもありがとうね。」という律儀な方だ。ある日、別の施設に入居が決まり、「お兄ちゃんお別れになっちゃうね。今までありがとうね。本当に助かったよ。」と涙ながらに話された。普段当たり前のようにやっていたことなのに、ここまで感謝されたのは初めてだったので、自分もつい涙が自然と流れてきた。
「Mさん、新しいところでも元気にしてますか?」



介護スタッフKさん

私が和見山苑に入職して7年が経つ。異業種からの転職であったが、人に関わるという点では前職と同じだったので自然になじめた。当初は一つ一つ介護技術や業務を覚えるのに精一杯だったが、今では役職に就き、指導される立場から指導する立場に変わった。ご利用者の状況に合わせて業務を改善するなど日々勉強で、それは7年過ぎても簡単なことではない。新人の頃と覚えることが全く違っても、毎日学んでいきたいと思う。



介護スタッフSさん

私は今年の4月に和見山苑に入職した。今までは学生で許されたことも、社会人となると自分の言動に責任を持たなくてはならない。特に私が選んだ介護という仕事は命に関わる仕事だからこそ、その方の情報をしっかりと覚えなければと常に考えている。しかし実際の排泄支援や、移乗、食事介助などは全てが初めてだったので、こんなに大変なんだと正直驚いた。それでも私があるご利用者の排泄支援をしたときに、いつもなら「ありがとうね。」と声を掛けられるだけなのに、この日は「お姉ちゃん」とわざわざ呼び止められ、手を握って「お姉ちゃん、ありがとう。」と感謝の言葉を頂いた。なんだか認めてもらえたみたいで、すごく嬉しかった。まだまだ未熟だけど、毎日一歩ずつ成長していきたいと思っている。



管理スタッフSさん

20歳で就職して以来ずっと事務方だった。ホテル勤務の時には早朝の厨房洗い場の手伝いや、客室最終チェックもした。印刷会社勤務の時は、チラシやハガキのデザインをしたり、トランシーバーで営業車を呼び出すこともあった。字が下手だったからワープロを自分で購入し、書類を作った。中小企業に勤めれば、特に事務方はオールラウンドプレーヤーを求められる。
今、和見山苑に勤めて、厨房の洗い場の手伝いをしたり、ちょっとした設備を修理したり、和見山苑だよりの作成に携わったり、非常時に放送機器を扱ったり、パソコンで書類を作成することも、それまでの経験全てが活かされていると感じる。大変だと言える余裕がないくらい辛い時、「手伝うよ。」「私がやるよ。」と言われたらすごく嬉しいのではないだろうか。ちょっとの勇気と今までの経験が、自分の背中を押してくれる。どこの業界だって人材は不足しているのだ。職人かたぎの専門職もこの介護業界にはもちろん必要だが、ぜひ色々なことを経験し身につけてほしい。きっと未来に、あなたの「手伝うよ。」の一言を必要とする仲間が待っているから。私が和見山苑で今までそうしてもらったように…。



相談スタッフOさん

私は介護を始めて10年以上になる。始めた当初は、ただ困っている方のお手伝いをしたいという思いからだった。そのため、「こうすればもっと良くなるのに」、「こっちのやり方の方が楽なのに」という勝手な思い込みをしながら、介護を行っていた。ご利用者は、その方一人ひとり、生まれた所も育ってきた環境もバラバラで、周りから見ると遠回りに見えることでも、その方にとっては大事な生活動作であることに気付いたのは働き始めてからだった。先に手を出すのではなく、「待つ事」を覚えた。
今まで「イメージと違ったから」と早々に退職される方を何人も見てきた。介護の仕事は、「してあげる」ことで感謝されるのではなく、仕事や人間関係を通して、自ら何かを獲得していくことができる仕事だと思う。その何かは人それぞれだが、確実に成長できる仕事だと思っている。



介護スタッフKさん

仕事にまだ慣れていない頃のできごと。Aさん、男性、見た目ちょっと怖い。夕食時に食堂にいなかったので居室に迎えに行く。休まれていたので起きていただく。汗をかいていたので着替えを促すと「なんだ〜!!!」と怒鳴られる。(怖〜、帰りて〜と思いながら)再度説明するも、「わかんない。」とのこと。(さっきよりは怒っていなかったので、とりあえずホッとする。) もう一度説明すると着替えてくれる。怒られたものの何とか食堂へ誘導できたので良かったが、翌日からAさんに話かけるのが怖くなった。私なりに怒られた理由を考えてみる。@機嫌が悪かった A寝起きで混乱していた B説明の理解が出来なかった など。数日後話しかけると何もなかったように話すことができた。
何年働いていても失敗はするし、へこむこともある。でもこの程度は日常茶飯事。くよくよ考えこまずに、今日も一生懸命働いている。



介護スタッフIさん

特別養護老人ホームへ異動になり約6ヶ月が過ぎ、新しい環境に戸惑いを感じながらも無我夢中で現在まで来たように思う。諸先輩にはいろいろ足手まといで迷惑をかけてきたが、おかげでたくさんのことを学ばせて頂いた。初めは暗いイメージの老人棟を想像していたが、ご利用者は常に清潔に保たれ、元気を取り戻し、喜ぶ姿を目の当たりにして、こんなに人から感謝される仕事はめったにあるものではないと思った。若い介護士からベテランスタッフのチームワークの良さ、職員間の「和」が保たれている体制は一致団結している。職種間の垣根を低くして互いに協力し合える環境が大切だと実感した。これこそがご利用者に親しまれ、温かな暮らしにつながるのだと思っている。



介護スタッフSさん

認知症の方でも、今までの仕事や性格が普段の行動に反映されることに気が付いた。Aさんはしきりにテーブルを拭くようなしぐさをしており、試しに「肩をさすってくれますか?」とお願いすると、「いいですよ。」と丁寧に私の肩をさすって下さった。最後にお礼を言うと、「いえいえ、またいらしてください。」と照れ笑いをされた。後日ご家族から接客業をされていたこと、性格がとても几帳面だったことを伺った。あのとても気持ちの良いマッサージは、Aさんのおもてなしの気持ちと性格からだったのだ。
あの照れ笑いをもう一度見たいから、たまに「肩をさすってくれませんか?」と頼んでみようかな。



介護スタッフIさん

雨上がりの田園に麦畑が広がる。利用者を乗せて走る送迎車両の中で私は何気なくつぶやいた。「あれはかき菜ですかねぇ…。」ネギや白菜の取り残しの並びに緑の菜っ葉が元気よく育っていたからだ。すると利用者の一人がすかさず答える。「かき菜は肥料をあげないと固いんだよ。ナスだってそうだよ、収穫するたびに肥料をやらないと次がならないんだよ。」
なるほど…とうなずいていると「アハハ、利用者から色々と教えられちゃうねぇー。」と別の利用者の声が続く…。
これは朝の送迎車の中の一コマだ。介護という仕事につく時のお年寄りに対するイメージは、物忘れだったり、身体が不自由だったりだったが、今ではすっかり変わった。歌を歌えば美声をふるい、筆を持てば仁王の様。なめてかかるととんでもない話。今日もデイサービスでのコミュニケーションを楽しみに出勤してくる私だ。



介護スタッフHさん

私が和見山苑に勤務して15年過ぎようとしている。世間では「介護の現場は3K(キツイ、汚い、給料安い)」と思われている。自分も本当にやっていけるのか不安になった時期もあったが、実際に働いてみて思うことは、楽な仕事ではないけれど、やりがいのある仕事だということだ。立派な介護士ではなく、ご利用者やスタッフに愛される「優しい介護士」になれるよう日々、勉強中の身である。確かに辛い仕事かもしれない。でも相手の立場になって考えられる心のこもった介護を提供し、自分たちの処遇を自分たちで上げていきたいと、毎日奮闘している。



介護支援専門スタッフAさん

介護の世界に携わるようになって、あっという間の13年間だった。全くの素人だったが、ご利用者、ご家族、職員、他事業所の職員の方々、たくさんの支えがあっての今だと思う。新しい世界に飛び込むことは誰もが不安で、躊躇するかもしれないが、やる気さえあれば何とかなるものだ。人はいつか順番で老いていくものであり、自身も現在、母の介護しながら働いている。この13年間の経験と知識があったからこそ、働きながら介護をすることが出来ているのだと思っている。和見山苑で働かせていただいたこの時間は、自分自身にとってかけがえのない、とても価値のある時間となった。今は一回りも二回りも大きく成長させて下さった介護の世界に、心から感謝している。誰もが不安を抱えている。安心して来てほしい。みんなで和見山苑で待っているから。




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